この時代、「情報過多」で、つい流されてしまいそうな混沌の中、何を求め何にこだわり何を得るのか、「自分自身」に自信はありますか?
phot:sushi hattyobori 若旦那が私と同級生のお寿司屋さんにて「こころを洗える」笑)場所のひとつ。
特にマスコミなどニュース記事と言えば各社一斉に「個々」また時には「個人」の事にも同じ角度や見方、偏見とも思える内容でクローズアップされてしまう。そんな民主主義=自由主義?でよいのでしょうか?
あの元横綱、朝青龍もつい漏らした最後の言葉、「日本は民主主義と思っていたけど社会主義みたいだ」一度憎まれっ子になり、決めつけられたら「何言ってもダメ」、それに対してあるコメンテーターは、民衆主義と自由主義を言い間違ったのだろう、との事。
いずれにしてもひとつの「個性」というものに対し集中的にバッシングする、どこか日本の「学校いじめ問題」にも通じているような今回の出来事だと思うのです。同じような事は日常茶飯、政治家や、事件の容疑者に対しても同じ事。先走った報道は冤罪を生むきっかけにもなり得る「非常に危険な事」です。ただ、朝青龍の場合については、日本と云う社会には古来より連綿と続く習慣や礼儀と云った特に外国人から見れば目に見えない理解に苦しむ事も含まれることは事実だと思います。
そして、朝青龍も人の子、そしてまだ若い。国民も審議委員も、もう少し「許容」があっても良かったのではないかと思うのは私だけでしょうか?朝青龍だって「自由の裏返し」はすべて、自己責任だと云うことにもいつかは気が付くはずです。きっとどの分野で、たとえアメリカへ渡っていても、同じだと思います。
だから?自分を見失わないような「生き方や育て方」または家づくりにおけるそのお客様の「マインド」や「スタイル」というものを大切にし、これからも提案して行ければと考えます・・・
phot:yahiko jinjya 「荘厳な寺社仏閣」等のある「森と空気」の中にも日本人の原点がある。





