まずはじめに、ご被災者の方々とその関係する皆様へ、お見舞いと哀悼の意を述べさせていただきます。
そして、当社マザーホーム社員一同と、その協力業者同志(いずれも零細企業)が出来うる限りのことを考え、知恵を絞り、それを実行するよう努めて参る所存であります。
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未曾有の国難です。
二日目の今でも余震が続いています。予断は許しません。
私が生まれ出るその年は新潟地震がありました。
私は母のおなかの中で4ヶ月目の胎児で、その地震に揺さぶられていた事もあるせいか、地震については敏感多感です。
今までも多々、予知することもありましたが、この度の地震については突拍子もなく襲った次第です。
しかし、思い返せば微震ともとれる現象はここ最近多少なりとも感じてはおりました。
とにかくショックです。
この二日は晩酌もできず、食欲が落ちてしまいましたが、少しずつではありますが回復に向かっています。
もし、震度5以上で被災世帯の当事者だったら、また、津波に飲み込まれた被災者家族だったら、深く強く傷つき、どうなっていたか...
息子二人は東京都23区内です。
連絡は取れました。
そのうち一人は公務員、小学校の避難場所に関し、土日もシフトで不休の対応を余儀なくされているようです。
それを考えれば私は何をしているのか、すこしでも何かできることがないか?そんな自問自答を繰り返し、今考えていることを早急に、関係する仲間とも力を合わせて尽力したいと思います。
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また、
今できることは....ないのか?
まず、電気使用量を極力控え、ルームヒーターの設定温度を18度~19度にしています。
18度、決して温かくはありません。その分厚着をします。
当社で家を建てる人へは、あったかい家創りを促す立場でありながらも被災者を想えば多少の我慢も出来ることが不思議です。
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戦後、国家安全の大半を他力本願、お金で買ってきたこの日本ですが、天災はそれを許しません。
天災はそれを受けた人間が自助自力回復してゆかなければならないことをまたしても、まざまざと知らしめました。
人は自然の前では全く無力非力です。
自然に生かされている。
昨晩綺麗な星空を眺めていたら、不思議な気持ちになりました。
星は雪でも雨でも曇りでも、その先の空でいつもと変わらずに何事もない様子で、ゆっくりと弛まず光り輝いているのです。
太陽も然り。
なぜか、涙がとめどなく流れでてきました。
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まだまだ凍てつく寒い夜が、投げ出された被災者を静かにそして深く包み込み、更なる悲壮感に引きずり込みます。
避難場所とはいえ、そこにはプライバシーはありません。
ただでさえ打ちのめされた不安定な心身を更に余計なストレスが重く圧し掛かることでしょう。
家創りを通じ、勝手気ままな暮らしができる現代の幸せを強く感じるとともに、 その裏に潜む災いの不幸という恐怖を忘れてはいけないことも常に念頭に置いた安全安心な設計を心すべく、我々建築家は一層思い知らされましたが、
あわせて今、そのプライバシーと幸せを感じ得る小さな小さなスペース(簡易被災者用住居)を供給することも同時に湧き起ちました。
直ぐに設計に取り掛かりますが、インフラと噛み合うまではしょせん箱のままでしょう、しかし、家族とともに寒さを遮り、多少の暖も取れる寝床が取れることで、かなりの疲労感を軽減させることは可能と思います。
阪神淡路で教訓となったことが、その後の中越や柏崎その他の地震で徐々に生かされた様に、今この国難に際して我々地方の建築屋が取り組むことはあり、可能な事と思えます。
被災者の方へは、この試練を乗り越えられる人に与えられた試練であると理解し、絶望せず、前を向いて少しずつ一歩一歩歩んでほしいと願います。
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必ず、何かしらのお手伝いができるものと知恵を絞ります。
一日一日をとにかくがんばってください!





