「伝えたい事」記事一覧
HOME > 「伝えたい事」
大震災後は初めての宮城入りです。
以前と言ってももう十数年は経ちましたが、昔観光で行った事のある仙台、塩釜、松島、石巻等は大丈夫だったかのか、テレビから伝わるニュースは正しいのか、遅れながらも震災復興前哨の他人ごとではない現状を一度見ておきたい。そんな思いから定休日を利用して車中泊で行ってきました。
台風の影響を考慮して一日前倒しで月夜~火夜で行ったのが正解でした。
行く途中から雨になり、帰りは段々雨脚が強くなって、昨日水曜は福島北部を直撃していました。
深夜割引の高速で東北道に入ると、箱形のプレハブやユンボ等の重機を運ぶ大型車両がひっきりなしに復興地東北を目指して走っています。
夜が明けて先ず、仙台市街から東南方向の海岸線へ車を走らせました。海岸へ近づくにつれて様子が変わってきます。
行き交うトラックのほとんどがいまだに瓦礫を積んだ復興車両です。
これは仙台若林区荒浜の様子。とにかく流されずに残っている建物は皆こんな有様です。
左下は荒浜小学校。
これも荒浜の住宅地。下の2枚に写っている辺りは本来家が立ち並んでいた場所です。
あの出来事の前まではここに人々の営みがあった事だけは残骸となった基礎の痕跡からうかがい知ることができました。
海岸までは松林を経て500m~700mくらいの静かな海岸線ですが、僅かながらの松林を残し、あとは残骸を残した原野となり、非常に寂しい光景となっていました。
これはニュースでもかなり写っていましたが、「夢メッセみやぎ」の写真。
カーテンウォールのガラスが割れ、あの日さえ来なければ、日の丸や万国旗がなびく筈の国旗用ポールは無残に全到していました。
それから北上し、塩釜にも立ち寄りましたが、漁港はすでに片づけられていて痕跡は少ない印象です。
高台の塩釜神社ではお守りを購入し、商売が長続きすると言われる石の牛(牛のよだれが糸を引くほど長引くので)をなでながらのスナップですが、※以前来た時には全く気が付きませんでした。
そして松島。左上から時計回りに、松島海岸駅~観光船乗り場等の点在する公園や五大堂、呼び込みが冗舌激しい食堂街。そのうちの一軒に、ついつい引き込まれました。
そこで昼食を済ませ、その店で聞いた話ではこの松島も水没、このお店は海抜数十センチ、1~2階の階段半分の高さ(1.5mくらい)まで海水に浸かったと、女将に聞かされました。
※ここ松島は複雑な入り江のために自然の防波堤となり、このくらいの被害で済んだそうです。
それからは台風も気になり石巻は中止し、仙台の街を抜けて帰路へ、途中走りながら測定器を入れてチェックしました。
帰り道、磐越道とのジャンクションのある郡山までの間、東北道中福島の北部から中部にかけては、今だこのように断続的に数値の上がるホットスポットが点在します。
写真上の0.09マイクロシーベルト毎時、これはこの機器の特性上最低範囲です(新潟では0.08~0.19しか見たことが無い)が、それから時々下の3枚のように急に上がる場面が何度となくありました。
※ちなみに0.7マイクロシーベルト毎時を計算すると(0.70μSv/h×24h)×365日=6.132ミリシーベルトとなり、日本の1年間の自然放射線量(一人当たり)の4.14倍となります。
参照:http://radiation.yahoo.co.jp/
このように私的に測定器を持たない人たちは、まだこのような数値を知らずして暮らしている人々がいると思うと、原発についての是非を考えずにはいられなくなります。
だから、エネルギーについては皆が真剣に考えてゆく必要があると思いますが、一方では原発で働く人たちや、原発で成り立つ町や村もあるわけで、大変複雑な心境になってしまいます。
もし、宮城など、縁のある所から声が掛った場合には復興の名の下、お手伝いがしやすいよう、地理的感覚や距離感などを改めて確認する作業で行ってきた訳ですが、
しかし、万一数値の幾分高いところで要請された場合、自分にはできるか、本当に身を削ってでもお手伝い出来るのか?
自分自身疑心暗鬼に陥ります。
しかし、そう考える事も含め、自分の目で見て来れたことには 意義があったと思いながら、宮城レポート終わります。。。
一昨日のサッカー「J1選抜vs日本代表チャリティーマッチ」は少なからずサッカー選手にとって今できる事のひとつだったと賞賛します。
そしてあのKINGカズのゴールはサッカー少年のみならず我々にも勇気をくれました。
やっぱり努力を惜しまないスターにはその輝かしいゴールを天があたえてくれるものと思います。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
まさに震災前、家を買いたい・持ちたい・建てたいなど、漠然でもいいですが何かしら考えがあり、完成見学会や展示場に足を向けていた方で、この度の震災後、何か気持ちの変化はあったはずですが、それは意気消沈ですか?それより、少し時間を置いたらもっと前向きになりましたか?
私も、直後は呆然となり、何をどうしてよいかなどと色々考えましたが、具体的にはまとまらず結局意気消沈、何かできる事はないかと焦ることもありました。
でも、営業中の店を閉め、現地へ行き、ボランティアで何かできるわけもなく、かえってもどかしさで胸が一杯になることも...
でも今だんだんと判ってきたことは、この震災が引き金となり、以前より少しは老若男女「日本が一つに」なっていること。
そして生かされている人間は今この時何をすればよいのか?
具体的に出来る事。
それはとにかく精一杯前向きに、以前以上に経済活動を活発にし、モノやお金を動かさなければならないことだと、考えが纏まってきました。
気持ちは皆一緒です。意気消沈もします。
しかし、この世界で一つの「日本」という国を復興させるには、意気消沈しているだけでは何も進展しない。
「日本」という国は、明治維新から前大戦後の高度成長を見れば、世界にも稀にみる前向きで利発な民族だと思います。
だからすべてに躊躇することなく、復興という名の下で、経済にとって良い事はどんどん前倒しで取り組んでゆきましょう!
そう考え、できる人からどんどん、消費活動と設備投資をすればするほど、この復興は早まるものと確信いたしますが、皆さまはどう捉えますか?
それでは皆さまの家づくりが成就することを願って、この辺で失礼いたします。
まずはじめに、ご被災者の方々とその関係する皆様へ、お見舞いと哀悼の意を述べさせていただきます。
そして、当社マザーホーム社員一同と、その協力業者同志(いずれも零細企業)が出来うる限りのことを考え、知恵を絞り、それを実行するよう努めて参る所存であります。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
未曾有の国難です。
二日目の今でも余震が続いています。予断は許しません。
私が生まれ出るその年は新潟地震がありました。
私は母のおなかの中で4ヶ月目の胎児で、その地震に揺さぶられていた事もあるせいか、地震については敏感多感です。
今までも多々、予知することもありましたが、この度の地震については突拍子もなく襲った次第です。
しかし、思い返せば微震ともとれる現象はここ最近多少なりとも感じてはおりました。
とにかくショックです。
この二日は晩酌もできず、食欲が落ちてしまいましたが、少しずつではありますが回復に向かっています。
もし、震度5以上で被災世帯の当事者だったら、また、津波に飲み込まれた被災者家族だったら、深く強く傷つき、どうなっていたか...
息子二人は東京都23区内です。
連絡は取れました。
そのうち一人は公務員、小学校の避難場所に関し、土日もシフトで不休の対応を余儀なくされているようです。
それを考えれば私は何をしているのか、すこしでも何かできることがないか?そんな自問自答を繰り返し、今考えていることを早急に、関係する仲間とも力を合わせて尽力したいと思います。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
また、
今できることは....ないのか?
まず、電気使用量を極力控え、ルームヒーターの設定温度を18度~19度にしています。
18度、決して温かくはありません。その分厚着をします。
当社で家を建てる人へは、あったかい家創りを促す立場でありながらも被災者を想えば多少の我慢も出来ることが不思議です。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
戦後、国家安全の大半を他力本願、お金で買ってきたこの日本ですが、天災はそれを許しません。
天災はそれを受けた人間が自助自力回復してゆかなければならないことをまたしても、まざまざと知らしめました。
人は自然の前では全く無力非力です。
自然に生かされている。
昨晩綺麗な星空を眺めていたら、不思議な気持ちになりました。
星は雪でも雨でも曇りでも、その先の空でいつもと変わらずに何事もない様子で、ゆっくりと弛まず光り輝いているのです。
太陽も然り。
なぜか、涙がとめどなく流れでてきました。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
まだまだ凍てつく寒い夜が、投げ出された被災者を静かにそして深く包み込み、更なる悲壮感に引きずり込みます。
避難場所とはいえ、そこにはプライバシーはありません。
ただでさえ打ちのめされた不安定な心身を更に余計なストレスが重く圧し掛かることでしょう。
家創りを通じ、勝手気ままな暮らしができる現代の幸せを強く感じるとともに、 その裏に潜む災いの不幸という恐怖を忘れてはいけないことも常に念頭に置いた安全安心な設計を心すべく、我々建築家は一層思い知らされましたが、
あわせて今、そのプライバシーと幸せを感じ得る小さな小さなスペース(簡易被災者用住居)を供給することも同時に湧き起ちました。
直ぐに設計に取り掛かりますが、インフラと噛み合うまではしょせん箱のままでしょう、しかし、家族とともに寒さを遮り、多少の暖も取れる寝床が取れることで、かなりの疲労感を軽減させることは可能と思います。
阪神淡路で教訓となったことが、その後の中越や柏崎その他の地震で徐々に生かされた様に、今この国難に際して我々地方の建築屋が取り組むことはあり、可能な事と思えます。
被災者の方へは、この試練を乗り越えられる人に与えられた試練であると理解し、絶望せず、前を向いて少しずつ一歩一歩歩んでほしいと願います。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
必ず、何かしらのお手伝いができるものと知恵を絞ります。
一日一日をとにかくがんばってください!
昨日、ある「家創り」の研修会へ参加してきました。
その内容は率直に言って、今後の住宅産業はどうなるか?についての流れ的な話でした。
エンドユーザーの方にはあまり耳には入らない事も、我々業界人は大体のところ、このような研修を通し、国のビジョンはすでに4、50年先まで読み込まれている事も承知しているわけです。
具体的には、エネルギー効率の高い家(次世代省エネ断熱)はすでに常識ですが、今後は改次世代省エネ~ゼロエミ基準へと推移、加えてスマートグリッドの方向。ということでしょうか。

参考まで、スマートグリッドの体系図。日立のホームページより抜粋。
http://www.hitachi.co.jp/products/smartcity/
そこで、今回これからの家創りを考えている方々へお伝えすることは。
まず、現代当たり前に使っている電力はタダではありません。
電力会社も発電するに当たっては原子力や原油石油関連品、LNG等をおもに利用した2次エネルギーで、それらの原料は結局は採掘したものを買ってるわけですが、もしその原料(地球資源は枯渇します)が採れなくなったら?買えなくなったら?
電気が作れない!
そして電気なしの150年前には戻れませんね、...
だから、電力も自給自足が必要となるわけです。太陽光等を利用した売電の取り組みが必須なのです。
phot:着工中のH様邸
<太陽光発電ユニット装着邸>
そして、これからの家創りで、どの方向を向いて取り組んでゆくのかは大筋では皆同じ方向でも、そのビルダーのもつ感性によって、進め方はやスピードはある程度変わってきますが、
いづれにせよ、収支が0ゼロの自立循環型省CO2住宅(20年後には標準的な家)も今すぐに建てることはできますが、その分イニシャルが高く付きます。
ですが、100%ゼロエミは無理としても、少なくともそれに近づける努力をし、太陽光発電やECOまたは高効率な機器を導入するなどの事は出来るわけです。
10年ひと昔の時代はいつの間にか1年いや半年ひと昔の時代となっています。
今はまさに、一歩先を見据えた「家」創りを吟味する必要があることをお伝えして今回は終わります。
皆さまこんにちは。
あるレポートによれば、この先、日本経済の立ち直る術は、あらゆる分野での「質」だそうです。
生活・環境・医療・教育・政治・仕事の質、そして「住宅」の質。
以前私のブログでも述べていた事ですが、結局のところ各分野のアナリストたちも行き着くところ「質」のようです。
数日前、4年ほど使った携帯が2度目の電池交換時期とポイントが貯まっていたこともあわせ、支払い差額も少ないことから入れ替えることにしたのですが、日進月歩は凄まじいもので、私などは電話として使えることと、少々のメールのやり取りができることのみを条件としていたのですが...
実際に手にしたものはかなり薄型設計ですが、ワンセグが標準で付いているということでビックリしてしまいました。
各機能もかなり向上、カメラ画素も以前の倍近い5.3mbです。
これも商品の機能性という名の「質」の向上なのでしょうか?
ちょっと試しに昨晩、また散歩コースのホテル日航新潟展望トイレにて撮影~
※夜景を外に用を足せるとは何とも何とも変った時代ですが、これも受容者へのサービスという名の質の向上?
しかし、我々建築という立場に置き換えてみれば「家一軒」住宅の機能性を追求するだけでは「質」とは言えず、様様な視点からの要素が多く存在するのです。
それは、一つ一つ数え上げれば際限がないほど多いことに気付かされます。
そして何より「人間の質」。
昔から人は「人の振り見て我が振り直せ」と言ったものですが、本当にそういうことを思い返し、日々「質」の高い人となり(成り、也、生り)でありたいものです。
今までも常にそうした心構えで取組んではいましたが、上を見れば限がないのがこの家創り。
限られた予算のなかで要望とすり合わせ、いかにバランスのとれた作品に仕上げるのか...
価値観
この日本、戦後~高度成長期を経るうちに何かを置き去りにしてきたものはたくさんある。
そのひとつがモノの価値観そのものだと思う。
先進国の中ではワーストかもしれない。
この半年来、全戸長期優良住宅に取り組んでからは価値観について一層その思いが深まっている。
どの建築家も常に進、変化するものだが、これからの時代、経年価値に対する概念をもっと提案し、定着させたいと考える。
特に住宅には付き物のメンテナンスを何十年単位で最小限にするかの工夫が最大のポイント。
100年はちょっとオーバーかもしれないが半世紀以上持たせるヨーロッパや北米の家では当たり前に使用する建材要素をもっと取り入れた家を提案して行きたいと考えております。
この冬には、3年前の土間床(タイル仕上げ)スラブヒーター(深夜電力蓄熱式)につづく、次なる標準化提案を見学会で披露する予定ですが.....
※このタイトル内の記事(文章)は、以降加筆訂正等更新されることがありますのでご了承ください。
大手フランチャイズの回転寿司店、一皿幾らで、自分で簡単に計算できて「明瞭会計」。小さいお子さんのいるご家庭ならよくいらっしゃる外食店の一つと思います。
その一方、都会の老舗のお寿司屋さんと言えば、高そうなイメージの独り歩き。カウンターなんてとんでもない、会話も間間ならず怖くて座れない。何を食べたかも判らないでお会計、笑)
まあ、実際にそういったお店もある事は事実だと思いますが、なぜ高いのか?そこを考えれば高い理由もうなずける筈です。
要は最高級ネタ......高くて当たり前!当然私も無闇には入れない、入った事のないお店の一つです。涙)
しかし、市街地から外れた町内の地域で頑張っているお寿司屋さんと言えば昔から出前でナンボ、また店へ来る客と言えば「祝い事」等があれば家族で座敷に座る。
皆、顔なじみで町内の人たち。ぼったくればあと先無!云わずとも「真心・誠意そして信頼」。決して高いとは言えない価格でサービスも良い。
ネタはといえば中の上と言った感じで、回転すし店のネタから見れば国産、地物多用でそこそこ文句なし。※一般論です。最近は回転すしも産地等を謳うお店もありますが.....
phot:河渡 寿司 八丁堀 同級生の若旦那です。
そんな訳で何が言いたいか?といえば、我々地域のビルダーという立場からすれば、後者の地域で頑張るお寿司屋さんと雰囲気は同じ感じ。 「馴染めば馴染むほどに味が出る!」
うまい!
そして、限られたご予算で建てるお家を、大手ハウスメーカーと比べ、10~30%節約できるとしたらあなたはどちらへ頼みますか?
それを知りながら大手ハウスメーカーへ頼まれるという事であれば、決して止めたりはしません。
我々は直営工事です。中間マージンがグッ!と低いのです。
それすら、何も知らないで、ネームバリューや見た目だけを求め行動することが一番危険で「損」な事だと思います。
昔から、餅は餅屋、「建築は建築屋」。
特にこれからは「質」が伴わなければ建てる意味なし。
ま、この辺で置いときますが、
もし、「初めての家創り」でどうやって進めたらよいか判らない方はご来社いただくか、当社や見学会などでお気軽にお声掛けください!
phot:八丁掘にてほろ酔いの私.
それでは、お待ちしております....
何か新しいアイデアを出せば、必ず追い越せ追いつけ追い越される。
この社会、当然の法則、成り行きです。
また出過ぎると必ず打たれるのも世の常ですが...
でも、そんな打たれるくらい突出した存在になったことが無いので分かりませんが、もしそうなれたら打たれても打たれても、その反動でさらに頭を出せるような存在がいいと思います。皆さまはどうでしょう?
話は変わりますが、、、、、
10数年程前~聞く、「家賃並み返済でマイホーム実現」や、「いまの家賃と比べて下さい」と言ったコピー、
しかし今ではどこでも聞きなれたキャッチコピーですが、いづれにしても賃貸住宅からの掘り起こしに力を入れ、脱賃貸の方々の支援、応援お手伝い。
当社も過去そんな方々の家創りには早くから携わってきました。
大手ハウスメーカーに比べ建築費総額20~30%もの節約を促し喜んで頂くことを目指し、地域に貢献。
しかし今、地域密着型ビルダーの立場から見れば、県外勢も多数参入する中、少ないエンドユーザーを獲得するための熾烈な争奪競争が繰り広げられている訳であります。
県外勢も含め、パワービルダー等「何でもあり」の広告手法でシェア争い!
タレント起用や坪/○○円。
目先の数字に惑わされることなく、本質的な部分(品質・仕様・アフター等)やオプション・経費を含めた総額でも比べてほしいのです。
特に県外勢など、売るだけ売ってシェア争いで敗れれば即撤退もあり得ます。
残されたお客様のアフターは誰が見るのでしょうか?
結局、地域のビルダーです。
地域密着型ビルダーを活用して、建築総額を節約し、他の付加価値や生活スタイルを愉しむ事も視野に入れる。
そうすることで、少しでも地元地域の活気にも繋がり、結局は自身へも回ってくることでしょう...
私の知っている地域のビルダーは切磋琢磨、日々コツコツいい家創りに磨きをかけております。
私も負けないようにがんばります!





